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藤の屋文具店

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猿でも書けるエッセイ教室 5




        【猿でも書けるエッセイ教室】

わかりやすく書こう


 おつむの暖かい、「論客」と呼ばれるような方々の文章を読むと、
何を言いたいのやらさっぱりわかんなーいというものがたくさんあ
りますね。一般に、「俺は賢い、誰も俺を理解してくれない」と思
い込んでいる、秀才の成れの果てといった方々の文章は、時として
書いた本人にすら理解困難なものがあるほど、わかりにくい傾向が
あります。
 こういう文章ができてしまう原因は、はっきりいえば、書き手の
アタマが悪いの一語に尽きますね。かつての学園闘争のころのアジ
ビラの文章などは、人間性や思想以前に、知性どころか知能にまで
疑問を抱かせるようなものが、とてもたくさん見受けられました。
もちろん、中には、まともな文章もあったと思います(たんなるフ
ォロー)。

 落語の「こんにゃく問答」などに代表されるように、ものごとを
難しく述べたがる権威は、庶民のからかいの対象になってきました。
だから、この書き込みの最初のところを読みはじめて、「ああ、ま
たか」と感じた方もおられると思います。はい、絵本の文章のほう
が安部公房のそれよりも高度であるかのように語る、幼稚な理屈を
始めたようにも見えますね(^^)。でも、僕はそこまでボケてはいま
せん。
 
 さて、この世でいちばんわかりやすい文章はなんでしょう。たぶ
ん科学レポートでしょうね。論理的に組み上げられて、多少の装飾
こそ含むものの、誤解の可能性を極限まで排除した文章構成。これ
よりもわかりやすいものといえば数式しかないですね。
 でも、これは、科学知識に欠ける読者にとっては、難解そのもの
の文章となります。それはちょうど、六法全書が凡人にとって難解
なのと似ているでしょう。法学部の学生ならおわかりのとおり、誤
解や曖昧さを現実レベルの極限まで排除しようと考えれば、ああい
う文章にならざるを得ませんね。この段落の文章も、少しだけそう
です(^^)。

 言うなれば、素人が「わかりやすい」と感じる文章は、きちんと
修練を積んだ読者から見て、「いいかげんで不備」な文章であると
も言えます。すなわち、重要でない部分を省略する事によって、直
感的に理解しやすい構成にするわけです。これのもっとも極端なも
のが、新聞の見出しですね。
 そして、ここのところが肝心なのですが、文章は、読んではじめ
て理解ができるわけですから、読みたくなくなる文章というのは、
それだけで失格なわけですね。もちろん、「エッセイの文章」とし
て限定して考えた場合にです。
 ですから、エッセイを書く場合には、読者のよみやすさと、文章
の厳密さとの、バランスをとることが重要になります。
 ここで重要なのは、読者のレベルをどこに置くかという問題です。
設定レベルを現実の層よりも下においてしまうと、やたらうっとー
しい説明過剰な文章になって、読者はうんざりします。逆の場合だ
と、読者は、読みたくても読めなくなります。

 ところで、エッセイに限らず芸術としての表現において、「正確
に伝達する」という命題は、はたしてどこまで意味があるのでしょ
うか。
 少し考えればわかることですが、写真が絵画よりも決定的に優れ
た芸術であるという評価は、とくにありません。もちろん、絵を描
く方がたいへんだから評価するといった、あまったれた幼稚な次元
ではありません。結果である作品についての、真摯な評価のはなし
です。
 これはすなわち、現実の事象を伝える正確さが、芸術的な価値を
高めるというわけではないという事だと思います。これを文章にあ
てはめるなら、あまりにも説明的すぎる表現の多用は、必ずしも作
品の芸術性を高めるとは言えないということになります。

 たとえば音楽。純粋な旋律の素晴らしさを聴衆に伝達したいなら、
コンピューターによる合成音の演奏こそが、最高の作品になります
ね。しかし現実には、不完全で、作曲者のイメージとは異なる演奏
にならざるをえない、人間の手による楽器によっての演奏の方が、
より、「芸術的」なものであるとされています。
 CDが実用化された当時、いわゆるマニアたちは、CDの音のこ
とを「CD臭い」といって批判していました。公平に考えるならば、
今までのレコード盤だって実は「レコード臭い」音であったわけで
す。これは、原音により忠実なCDよりも、曖昧さを多く含むレコ
ードの音質をこそ、芸術的に高く評価していたとも言えます。ちな
みに、オーディオアンプが真空管からトランジスターに替わったと
きも、同じような事が言われました。

 このような「曖昧さ」を、試しに文章のなかに組み入れてみまし
ょう。

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 僕は彼女をとても愛しているので、彼女がほかの男と仲良くする
と、とても悲しくなる。

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 たいへんわかりやすい文章ですね。そして、誤解の余地のまった
くない文章です。でも、これを読んでも、読者の心には、じつは何
も伝わらないのです。頭に意味は伝わっても、心には何も伝わりま
せん。文学としてはできそこないです。では、核心の部分を曖昧に
して書き直してみましょう。

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 彼女は、ときどき、ふっと遠い目をすることがある。はにかんで
語る幸せそうな横顔に、僕は、これでよかったんだなぁと、自分に
言い聞かせるのである。

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 定量化のできぬ感情や感覚を正確に伝えたいと願うならば、それ
は、理論やテクニックの積み重ねではなく、単語を音符として奏で
る旋律とリズムによってこそ、かなうものなのかも知れません。
 テーマをわかりやすくするという事は、やたらと説明的な文章を
並べるという行為とは、根本的に異なる別のものなのです。





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